44.歌うように弾くって?
「歌うように弾く」とか「あの人の演奏には歌心がある」なんてよく聞きますね。 私もレッスンのときなどに「歌うように弾いてください。」って言いますけど、歌うように弾くって具体的にはどういうこと
なんでしょう? 実際、「歌うように」を実演ではなく言葉で説明するのは難しいのですが、歌うように弾くにはどうしたらよいか?
について私の思うところを書いてみたいと思います。 まず、歌うように弾くということは曲想を伴って演奏すること ということかしらん? 例えば、p(ピアノ)としか書いてないから、そのフレーズをずっーとp(ピアノ)のまま何の抑揚もなく弾くことを「歌っていない
=棒弾き」と言いますね。 現実的にはずっーとp(ピアノ)で弾くわけではないですよね。基本的にはこのフレーズはp(ピアノ)で弾いてね ということです。 当然抑揚は付けるわけですが、基本的にはp(ピアノ)ですから、音量はフォルテまでは上げない。 あと、p(ピアノ)は音量的に「小さく」という風に捕らえますが、「優しく」という意味もありますね。 「優しく」という風に解釈すると単純に小さいだけではないということです。 でも基本的にはp(ピアノ)=小さく なんですね。 さらに上級者でしたら、音量の変化(強弱)だけでなく、速度の微妙な揺らぎであるアゴーギクなども「歌う」ためには
必要ですね。 楽譜にすべての音量の強弱や速度の変化などの曲想が記してあればいいのですが、ちゃんと出版された楽譜でさえ、
すべての事は書いていないものです。極端に言えば、メモ程度の最低限のことしか楽譜には書いていないと言っても
いいでしょう。 仮にすべてを記した楽譜があるとしたらそれはそれは見難い楽譜になるでしょうね。 まれに細かい(マメな)作曲者の楽譜にはすべての曲想が書いてあり、逆に楽譜に書いていないことはやって欲しくない
というものもありますが、これは例外と言っていいでしょう。 楽譜に書いてないことを自分で読み取れるようにならないといけないわけです。 ところで、マンドリン系の楽器の主要な奏法のひとつに「トレモロ」というものがありますが、このトレモロがマンドリンで
歌う場合には長所にもなり、短所にもなりますね。 例えば、トレモロを使って歌おうとすると、どうも悪い意味で「演歌」っぽくなってしまいませんか? マンドリンに限らず、日本人は楽器で歌おうとするとどうしても演歌っぽくなるとは、昔からよく言われてきたことですが。
なにも「演歌=悪」と言っているわけではありませんよ、もちろん。 西洋音楽を演奏する場合のお話ですから、演歌っぽく演奏されると困ってしまうんです。 この演歌っぽくなってしまう原因のひとつに、音の「中膨らみ」のやり過ぎが挙げられます。 「中膨らみ」とはひとつひとつの音の中でクレッシェンドとデクレッシェンドを繰り返し音を膨らませることです。
楽譜に指示があれば、そのように弾きますが、基本的にはNGですね。 たまに一音一音「中膨らみ」させることが歌うことだと勘違いしている人も少なくないような。 この「中膨らみ」、特に初心者の方に多いのですが、トレモロの弾き始めをある程度思い切り良くダウンから始められるよう
になりましょう(まれにアップから始めることもあります)。 ただし、あくまでもアクセントではありません。音の出だしをモヤモヤっと始めるのではなくハッキリ出しましょうということです、
アクセントではなく。 さらに、フレーズを大きく捕らえて、ひとつひとつの音ではなく、大きなフレーズの中でクレッシェンドとデクレッシェンドを
するように気をつけるといいでしょうね。 クレッシェンドするときもどの音に向かっていくのか、どの音が音量の頂点なのかを目指していくと弾きやすくなりますね。
音量の曲線グラフみたいなものが五線譜上に見えるようになるといいですね。 歌うように弾けないのは経験とともに技術が不足しているということが一番大きな要因です。 弾くことだけで精一杯になり、歌えない。その結果「棒弾き」といわれる、歌っていない、ただ弾いているだけの演奏に
なってしまうんですね。 一般的にはメカニック的なものを技術と言うようですが、歌うことも技術のひとつですから。 さらに、楽譜にcantabile(歌うように)とは特に記していなくても、たとえメロディではなく伴奏部分でも、歌うように弾かなければ
ならないと思います。歌うことが音楽の根本ですから。 これは、私も常に心がけていることです。